天動説てんどうせつによる 惑星わくせいの運動モデル
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目次

惑星わくせいの不思議な動き

はるか昔、まだ夜を照らす街灯もなかったころ、空に広がるたくさんの星は、今よりずっと明るく、そして美しく見えたことでしょう。
人々は長い時間をかけて夜空を観察し、星には二つの種類があることに気づきました。

ひとつは、毎晩規則正しく動いていき、1年たつと同じ場所に戻ってくる恒星こうせいです。
もうひとつは、星座の中を不規則に動き、ときには恒星こうせいとは逆向きに進んでさえ見える惑星わくせいです。
金星や火星などがその例です。

火星の動き
Wikimedia Commons
図1: 地球から見える火星の動き(黄色の線)
8月1日に進路を西に変え、10月1日にまた東へと進むという不規則な動きをしている

古代の人々は、地球が宇宙のまん中にじっと止まっていて、そのまわりを星々が回っていると考えました。 注1
これを天動説てんどうせつといいます。

しかし、惑星わくせいが地球を中心とする円の上を回っているわけではないことは、その不規則な動きから分かっていました。
この不思議な惑星わくせいの動きを説明するために、多くの学者が工夫を重ねました。
そして古代ギリシャの学者プトレマイオスは、それまでの研究をまとめ、『アルマゲスト』という本を書きました。

プトレマイオスの天動説てんどうせつ

プトレマイオスは、惑星わくせいの動きを説明するために、周転円しゅうてんえん従円じゅうえん 注2 という二つの円を使いました。 注3
惑星わくせい周転円しゅうてんえんの上を回り、その周転円しゅうてんえんの中心は地球のすぐそばを中心とする従円じゅうえんの上を回っているとしたのです。 注4
この仕組みはとてもよくできていて、惑星わくせいが空のどこに現れるかをおおよそ言い当てることができました。

天動説
図2: プトレマイオスの考えた惑星わくせいの動きの説明 (注5)
惑星わくせい周転円しゅうてんえんの上を回り、その周転円しゅうてんえんの中心は地球のすぐそばを中心とする従円じゅうえんの上を回る

実は、このプトレマイオスの考えを少し直すと、地球は太陽のまわりを回るという地動説ちどうせつとほとんど同じになります。 注6
例えば金星については、周転円しゅうてんえんの中心を太陽におき、太陽を止めて地球や金星を動かすと、地動説ちどうせつそのものになるのです。 注7

プトレマイオスの測定の精密さ

プトレマイオスは、惑星わくせい周転円しゅうてんえんの中心が動く周期や従円じゅうえん周転円しゅうてんえんの大きさの比を、とても正確に計算していました。
「周期」とは、ここでは回っているものが元の位置に戻ってくるまでの時間のことを言います。
例えば、金星と地球が最も近づく時間の間隔は583.934日としていましたが、 注8 これは現在知られている値583.918日にとても近いものでした。 注9

地動説ちどうせつに基づく数値 現在知られている値 プトレマイオスが求めた値 天動説てんどうせつに基づく数値
太陽・金星の距離
÷ 太陽・地球の距離 注10
0.723 0.719 金星の周転円しゅうてんえんの半径
÷ 金星の従円じゅうえんの半径
地球と金星が最も近づく時間の間隔(日) 583.918 583.934 地球と金星が最も近づく時間の間隔(日)
太陽・火星の距離
÷ 太陽・地球の距離
1.524 1.519 火星の従円じゅうえんの半径
÷ 火星の周転円しゅうてんえんの半径
地球と火星が最も近づく時間の間隔(日) 779.880 779.937 地球と火星が 最も近づく時間の間隔(日) 注11

この作品について

作品の写真
図3: 天動説てんどうせつによる惑星わくせいの運動モデル

この作品「天動説てんどうせつによる惑星わくせいの運動モデル」は、プトレマイオスの考えた宇宙の様子を表したものです。
土台の中心には地球が固定されています。
モーターを動かすと、惑星わくせいがついた部品が地球のまわりを回ると同時に、惑星わくせいがその部品のまわりを回ります。
ただし、金星と火星を同時に動かすことは難しかったので、それぞれ別の部品を用意し、入れかえられるようにしました。

作品の説明
図4: 作品が動く様子
惑星わくせいがついた部品が地球のまわりを回ると同時に、惑星わくせいがその部品のまわりを回る
金星と火星の模型
図5: 金星と火星の模型
左側が金星の模型で、右側が火星の模型。どちらも地球のついた土台に取り付けられる

周転円しゅうてんえんの半径は、微調整ができるようになっています。
その部分を調整して、従円じゅうえん周転円しゅうてんえんの半径の比をプトレマイオスの求めた値とほぼ同じにしています。

また、惑星わくせい周転円しゅうてんえんの中心が動く周期は、歯車を複雑に組み合わせて、プトレマイオスが求めた値にできるだけ近づけました。

この作品で表現した値 注12 プトレマイオスが求めた値 注13
地球と金星が最も近づく時間の間隔 (年) 注14 8/5 = 1.6 1.59874
地球と火星が最も近づく時間の間隔 (年) 注15 79/37 = 2.13514 2.13537

歯車の仕組み

この作品では、たくさんの歯車を使って惑星わくせいを動かしています。
まずは、歯車の基本的な仕組みについて説明します。

歯車どうしは、そのまわりのギザギザがかみ合って回ります。
例えば、ギザギザが10個ある歯車Aと、ギザギザが20個ある歯車Bがかみ合っているとしましょう。
歯車Aが1回転すると、歯車Aにはギザギザが10個あるのですから、歯車Bはギザギザ10個分回転します。
しかし、歯車Bにはギザギザが20個あるのですから、歯車Bは 10 ÷ 20 = 0.5回転します。 注16

このように、歯車Aを1回転させたときにかみ合っている歯車Bが何回転するかは、「歯車Aのギザギザの数」÷「歯車Bのギザギザの数」で決まります。
これが、惑星わくせいを正しい周期で動かすための基本的な仕組みです。

歯車がかみ合っている様子
Wikimedia Commons
図6: 歯車の組み合わせ
左の歯車が1回転すると、右の歯車は逆向きに10÷20=0.5回転する

しかし、このような単純な仕組みだけで惑星わくせいの動きを表現するには、複雑なギザギザの数をもつ歯車が必要になってしまいます。
限られた種類の歯車で惑星わくせいの動きを表現するために、ディファレンシャルギアという特別な歯車を使いました。

ディファレンシャルギアは、a, b, cという3つの回転軸をもつ不思議な仕組みで、その3つの軸の回転数には次の関係があります。
cの回転数 = (aの回転数 + bの回転数) ÷ 2
例えば、aが18回転、bが同じ向きに8回転すると、cは(18 + 8) ÷ 2 = 13回転します。 注17
この作品では、普通の歯車とディファレンシャルギアを組み合わせて、惑星わくせいが正しい周期で動くようにしています。

ディファレンシャルギアの仕組み
Wikimedia Commons
図7: ディファレンシャルギアの仕組み
3つの回転軸a, b, cは、c=(a+b)÷2をみたすように回転する

惑星わくせいが正しい周期で動く仕組み

この作品では、金星と火星が正しい周期で動くように、普通の歯車やディファレンシャルギアをいくつも組み合わせています。
ここでは、その仕組みについて説明します。

普通の歯車やディファレンシャルギアがかみ合っている様子を、図8のように記号で表現することにします。 注18
普通の歯車は8枚歯の歯車と16枚歯の歯車がかみ合っている例を、ディファレンシャルギアは軸cが16枚歯の歯車になっている例をとりあげています。

歯車のかみ合わせを表す記号
図8: 歯車のかみ合わせを表す記号
8枚歯と16枚歯の普通の歯車がかみ合っているという記号(左)と、軸cが16枚歯のディファレンシャルギアの記号(右)

さて、金星が正しい周期で動くためには、周転円しゅうてんえんの中心が従円じゅうえんを1周する間に、金星が周転円しゅうてんえんの中心を8/13回転するようにしています。 注19
この作品では、この8/13という回転数を図9のようにして実現しました。
なお、軸のそばにある赤い数字は、入力軸に対するその軸の回転数の比を表しています。 注20 注21

金星の歯車の組み合わせ
図9: 金星の歯車の組み合わせ
周転円しゅうてんえんの中心が従円じゅうえんを1周する間に、金星を周転円しゅうてんえんの周りに8/13回転させる仕組み

また、火星が正しい周期で動くためには、周転円しゅうてんえんの中心が従円じゅうえんを1周する間に、火星が周転円しゅうてんえんの中心を42/79回転するようにしています。 注22
本作品では、この42/79回転数を図10のようにして実現しました。

火星の歯車の組み合わせ
図10: 火星の歯車の組み合わせ
周転円しゅうてんえんの中心が従円じゅうえんを1周する間に、火星を周転円しゅうてんえんの周りに42/79回転させる仕組み

この「天動説てんどうせつによる惑星わくせいの運動モデル」は、まちかね祭などの学園祭で展示する予定です。
まちかね祭へお越しの際は、ご覧いただけると幸いです。

参考文献
[1] 藤原邦男『基礎物理学1 物理学序論としての力学』東京大学出版会 (2022)
[2] C. プトレマイオス, 藪内清 訳『アルマゲスト上』恒星社厚生閣 (1958)
[3] C. プトレマイオス, 藪内清 訳『アルマゲスト下』恒星社厚生閣 (1958)
[4] J. シャロン, 中山茂 訳『宇宙論の歩み』平凡社 (1971)
[5] David R. Williams, “Venus Fact Sheet” NASA Goddard Space Flight Center (2024)
最終閲覧日: 2025年9月12日
[6] David R. Williams, “Mars Fact Sheet” NASA Goddard Space Flight Center (2018)
最終閲覧日: 2025年9月12日
[7] Arnold H.Rots, Peter S.Bunclark “Representations of time coordinates in FITS”
Astronomy and Astrophysics, vol574, A36 (2015)

更新履歴
2025年10月30日 文章をさらに分かりやすくしました。
2025年10月29日 「歯車の仕組み」以降の章を加筆。また、webページのデザインを刷新しました。
2025年10月4日 公開

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